認められる部分を持つこと 

最近、自分の日常生活とは離れたところで、
少しだけ自分を解放しているオレ。

なんて楽チンで、居心地がいいんだろー。

なんて思うこともしばしばある。


別にオレがなんであろうと、
ちゃんと普通に話してくれることが嬉しかったりする。


でもよく考えると、
それは別にオレ自身のことを理解してくれている訳ではなく、
その場の人達にとって、
別の部分でオレが認められているからであるに過ぎない。


んでもさらによく考えると、
それっていうのもすごいなって思う訳。


他人から見て、

「すげーよ!こいつ!!」

っていう部分を何かしら持っていれば、
その人が何であろうが、別に関係ない訳だ。


どうしても自分や他人に対して引け目を持っていて、
その引け目の部分に触れられることを恐れて、
ひたすら隠し通してきた。

そしたらいつの間にか、
自分でさえも、自分が分からなくなってしまった。

最近は、そんな自分も
それこそがオレなのかな、なんて思う。


FTMや性同一性障害なんていう言葉の真意を、
全く知らない人、全く理解していない人と会って。

内心、「なんだ?こいつ?」って思ってるとは思うんだけど。


それでも、

「会えてよかった」

「会えて嬉しい」

と言われる機会があって。


例えお世辞だとしても、本当に嬉しくて。


理解してくれとか、認めてくれとか全然思わないけど、

心のどこか片隅に、
こんな奴もいるんだと、
思ってもらえるだけで嬉しいと思う。


それをすんなり実行させるには、
自分に優れた部分がないといけないと痛感する。


自分を変な奴で終わらせたくはない。


体を変える気の全く無いオレの、
目標はきっとこれだな、うん!


ま、がんばるか!